教会からのお知らせ

今週の週報後記は こちらから

 19日はクリスマス礼拝と愛餐会でした。23名の参加者と小振りな集まりでしたが、わたしには教会の再生の基礎付けとなる特別の集まりのように思えました。様々な形態をとった宣教の働きが形をとってきたように感ずるのです。
 会員のケアから派生する新しい会員の獲得。これは教会として当然なことです。しかしそれ以外に地域で教会の存在が知られるようになって教会に来られる様になった方々、ホライズンの活動を通して関わった方々等。そうした方々も教会員と混ざって会を盛り上げてくださっり、共に働いてくださいました。
 サンタクロース役は誰がするのか頭を痛める年もありましたが、今年はギターを担いで出てきてくれました。例年愛餐会はポットラック(一品持ち寄り)形式で行いますが、メンバーの変化とともに食事内容も変わります。それぞれの人のそれぞれの家庭の味があってとても豊かな食事となりました。
 大人も子どもも、新しい者も長い期間教会に関わっている者も、心を開いて一緒するそこにイザヤ書11章の狼と子羊、熊と牛、子供とマムシが共に住める世界イメージと重なり、大いなる力の働きを感じエネルギーの湧いてくるのを感じさせられました。メリークリスマス!

2010年12月24日(日)牧師 國枝欣一

 新渡戸稲造の「武士道」を読みました。年配の方はお読みになったことがあると思いますが、深い感銘を受けました。まず彼の異文化理解の深さです。自国の事象を外国の人々に分かるように伝えるためにはその事象に関して深い理解を持つとともに、相手国の文化や歴史についても知らなければならないということです。相手国の文化や歴史を土台としたり、対比する形で自国の事象を説明しています。すると相手が理解しやすくなるのです。
 新渡戸は「武士道」を聖書の旧約と捉えています。キリスト教がユダヤ教の旧い神との約束上に新約聖書が神イエスのみ言葉として書かれているように、日本の場合は「武士道」の上にキリストの福音そのものが接木されればよいと言っています。しかしその「武士道」も廃藩置県になり廃れていきます。
 私が育った頃にはまだその匂いが残っており、その感化を受けた私の子育ての中にもそうしたものの考え方の片鱗がありました。最近子供を持った息子の子育てに、そうした日本の価値でありながら普遍的なものが流れていくのか心配になりました。そこで新教会を接木する台木として、私の息子へのクリスマスプレゼントは「武士道」にすることにしました。

2010年12月19日(日)牧師 國枝欣一

 先週、後記に書いた文章に感想とも意見とも取れるメールをいただきました。どうであれ、読まれているという反応があるのは嬉しいことです。ご自分の体験をもとに書いてくださっているのですが、深く自分に気づいてそれを伝えることの困難さが綴られていました。
 確かにコミュニケーションは難しく自分が思ったように行かないことがしばしばです。特に「自分を信頼し、相手も尊重する」と言う態度は、相手に焦点が置かれているのではなくまず自分に置かれているので、起こってくる結果については自分で責任を取るということになります。しかし自分で責任を取るので相手を非難したり批判したりしないですみます。
 実は相手を非難したり批判をする私の意識が私を苦しめるのです。と言うことは相手が私を苦しめるのではないと言うことです。私の立ち方が私を幸せにしたり苦しめたりしているのです。ここが分かったとき私はすごく自分がほっとしたことを覚えています。主が私の中に入ってきてくださったと言う感じでした。私の意識とは私の霊のことですが、天使とつながったと言う感じでした。上手くいかなかったり失敗しても自分がやり直せばいいのです。また挑戦します。

2010年12月12日(日)牧師 國枝欣一

 大分前の話ですが、私はある団体からある日を境に完全に手を引いたことがあります。理由は二つありましたが、そのひとつは信頼していた人が本心を私に関わることでありながら言えないでいることに気づいたからでした。それを彼が言う時には変化球が飛んでくるので、受け手としては何を言いたいのか推し量ることに困難を感じていました。そしてストレートトーク(自分も相手も尊重する話し方)のできない相手に幻滅したのです。
 でもよく自分を見直してみると、自分にも似た状況がありました。私の場合は15年も言えないでいたのです。核心を明確にしつつ、相手を否定しないで表現するにはどうしたらよいのか自信を持って話すことができなかったのです。
 先週やっとそれができました。先代の牧師野田雄三先生から25年も前に教えていただいたことがやっと自分のものになった瞬間でした。他人のことだと簡単に指摘できることですが、いざ自分のこととなるとなかなかできないことを改めて感じさせられました。
 自分の力でできたことではなく聖霊の働きと野田先生の霊が応援してくださってできたことだと感じました。感謝!!

2010年12月5日(日)牧師 國枝欣一

 スウェーデンボルグの著作の中で特に難解なのは「宇宙間の諸地球」(静思社)、「宇宙の諸天体」(アルカナ出版)ではないでしょうか。しかしスウェーデンボルグはこの著作は中心的な著作と考えており、「天界の秘儀」の一部として出版しただけでなく、後から別冊としても出版しています。
 この本のむずかしさは私たちが自分と言う存在を肉体と分離して理解できないと言うことと、20世紀にアポロ飛行士が月面に降り立ちそこに生物を認められなかったときに、他の惑星にも人間と似た生き物が存在できないと言う私たちの常識が理解を邪魔していると考えられないでしょうか。
 肉体は私たちの霊を動かすシステムです。システム自身は自分で勝手に動くことはできません。肉体と言うシステムを動かす存在をスウェーデンボルグは霊と言い、それこそが人間だと言いますが。霊を意識と言い換えたらもっと理解しやすくなるでしょうか。意識体それ自身は霊的なエネルギーです。これこそをスウェーデンボルグは人間と言っているのです。ですからこの霊的なエネルギーである意識体は様々な形として存在できるわけです。
 結果として私たちは全宇宙ともつながりを持つ存在と言えます。そんな観点からこの著作を見直すとそこにある重要性に気づけると思います。

2010年11月28日(日)牧師 國枝欣一

 私がこの3年ずっと探していたアメリカの論文をやっと先週発見することができました。それは祈りに関する1989年の論文です。ラドルフ・ビルドという心臓学の医者がサンフランシスコの心臓治療ユニットに入院した患者393人をランダムに二つのグループに分けA群の患者には一人につき5から7人の人が毎日祈り、B群の患者にはそうした人々を設けませんでした。祈る人々はインターネットでアメリカ全土の教会から募集し、この人々は患者を知りませんでした。またこの患者たちに関わる医師や看護師にもそれぞれの患者がどちらに属しているか知らせませんでした。医療がこの実験に影響を与える事を避けるためでした。その結果驚くべきことが分かりました。A群の患者の病気の進行が明らかに遅かったのです。
 この実験と結果について他の研究者もこの実験結果は精査に耐えるものだと言っています。またこの実験でA群を病院の近くの人々と遠隔地に住んでいる人々に祈ってもらうグループに分けましたが、距離には何の影響もなかったということでした。
 私たちの信仰には祈ることが欠かせません。真剣に祈ることは大切なことだと科学が証明しているのです。大いに祈りましょう。

2010年11月21日(日)牧師 國枝欣一

 霊というとなかなか理解しにくい存在です。人の体はシステムです。そのシステムを動かすものが霊です。それを意識と言い換えても良いと思います。意識が体を動かす原動力です。意識はその人の愛です。愛の傾向です。この愛を神の愛に近づける修行の場がこの地上での生活です。その修行の仕方は人それぞれ独自です。親子関係がうまくいかない、仕事がうまくいかない、結婚生活が困難、これらはみな地上で生活する中で起こってくることですが、それらはみな主によって与えられている試練です。霊がより高まるための訓練です。
 死とはその訓練課程を全部終えてふるさとに帰ることです。従って霊と言う人間は永遠に生きることになります。となると私たちは旅立って言った先達の人々にもう一度会えることになります。希望が持てます。その希望を目標に今と言う日を十全に生きることができ、結果として自分の役立ちを果たすことができます。
 最近もそうした方に出会いました。家族を守り、仕事を大切にした方の旅立ちでした。残されたものたちは遺言どおりに式後食事の会がもたれました。夜10時過ぎまで家族と彼の友人たちで親しいときを持ちました。その中で本当に彼は役立ちを果たしたのだと実感しました。

2010年11月14日(日)牧師 國枝欣一

 私の力になってくれる人で大阪出身の方が居ます。最近では関東でも良く知られるようになってきたお祭りにだんじり祭りというのがあります。彼女の兄弟のように育って来た30才の甥が癌で亡くなりました。彼の住んでいる地域にはその青年団がないのですが、隣の町内の青年団に入れてもらって活動をしていました。昨年は癌と分かっていても大切な部署であったためだんじりを担いだそうです。彼女の姉である母親はいつ倒れるのではないかと気が気ではなかったそうです。
 今年のお祭りの前に若い奥さんと小さな二人の子供を残して彼は旅立っていきました。祭りの当日、例年だとだんじりの通る道筋でないのに、彼の仲間たちは警察の許可をとり、交通規制をしながら、彼の家の前まで来て、「○○!来たで!」「○○!来たで!」と口々に彼に呼びかけたそうです。小さな長男は父の遺影を持って迎えたそうです。
 現代には珍しい若者の強い絆の話を聴かされ感激もしましたが、この一件で、小さな頃から抱いていた姉妹のわだかまりが、姉妹の間で溶けたという話を聴いて、この若い甥が彼の役立ちを、とことん果たして旅立っていったのだと感じました。

2010年11月7日(日)牧師 國枝欣一

 先週は嬉しいことがありました。人は誰でも人生の中でいくつか大きな決断をしなければならない時がありますが、そこに立ち合わせていただけた事です。受話器をとるとただならない気配のする声と言葉遣いが伝わってきました。咄嗟に事故か事件が起こったのかと思いましたが、彼女がした決断がその方にとって適切であるのかないのか不安になったようでした。
 こちらの心を落着け、お話に集中して聴かせて頂き、その決断があるしっかりとした見通しの中で行われたことが分かりました。ご本人もそれを確認できたようです。夫婦であれば自分の配偶者に相談するでしょう。子供であれば親に相談するのが普通かもしれません。しかし先週の説教との絡みで、ご自分の決断をちょっと立ち止まり、見直されたことは、その方の信仰の有り様が如何に誠実なものであるかとも思わせられました。お話を聴かせて頂く中で,落着かれ、ご自分の決断に自信を取り戻されたようでした。
 教会は良く家族に例えられますが、苦しい時、辛い時、不安な時、そして嬉しい時に、会員の方々とご一緒できる時、共に主にあることを強く感じられます。今回こうしたことを感じさせられ、うれしい時を持つことができました。感謝!

2010年10月31日(日)牧師 國枝欣一

 「何事にも時があり天の下の出来事にはすべて定められた時がある」という言葉は旧約聖書コヘレトの言葉(箴言)3章にある言葉です。つくづくそうだと思います。先週、癌を患い手術、薬物療法を繰り返しておられる方とお話しました。彼女は幼少期虐待を受けて育った方ですが、とても自立的な方で自分をしっかりと持った方です。
 しかしお会いすると過っての虐待の影が色濃く残っていることが分かるような方でした。ところが彼女がご自分の家族の歴史を見直すチャンスを与えられ、ご自分の今を振り返ってみました。そこで彼女が気がついたのは、ご自分の今の家族に対する役割でした。実利的な方でしたから霊的なことなどあまり考えない方でしたが、家族の歴史を見返すことで、霊的な物事へ目が開かれることになりました。
 結果として、様々なストレスが軽減され、気が楽になり、ご 病気自身も軽くなっているように感ずるとおっしゃっていました。「求める時、失う時、保つ時、放つ時、・・・・・・愛する時、憎む時、戦いの時、平和の時」。何事にも時があることを改めて教えられたような感じがしました。

2010年10月24日(日)牧師 國枝欣一

 生きているのではなく、生かされている自分に気づくことで世の中が違って見えてきます。生きていると感じている自分は自分によって生きていると感じます。調子の良い時はそれでもいいのかもしれませんが、そんな時は、すべては自分の力によって成るという過信と傲慢さの落とし穴が襲ってきます。「生かされている」と感じられる時は、私を生かしてくださっている「何者か」が存在する訳です。そこからは感謝が生まれ、自分の中に謙虚さが生まれてきます。
 どんなに良い時であってもそれは主がしてくださったことであり、その功績を主に帰することができ、傲慢という落とし穴に落ち込む自分を守ることができます。また反対に状況が悪くなったとしても、なおそこに生かされているという実感を持てると、その状態にあることの意味を見出すことができ、生きる力が湧いてきます。「生かされている」ということは、生きていて良いのだということであり、そこに役立ちがあるということです。
 そこに気づかされることによって私たちの人生は輝きだし、生きるエネルギーをいただき、感謝して、満ち足りた人生を送ることができるのだと思います。

2010年10月17日(日)牧師 國枝欣一

 先週は教会のメンバー同士の様々なやり取りを目撃したり、私自身もその渦中にあって面白い体験をしました。年長者の会員に若い会員が素直に自分の思いをぶつけていました。孫とお爺ちゃんのやり取りという感じもしましたが、それぞれがその意見の交換を通して学ぶところがあったように感じました。私は私で教会のお年寄りから説教に関してお尻をたたかれるような批判と励ましを受けました。
 みんな教会を我が事として思う気持ちから出ている表現です。時に無理解や誤解からこうしたことが発するということもあるでしょう。それを恐れずに関わって行こうとする時に新たな前進が起こると思います。その時世代を超えて伝えられてゆくものが伝えられ伝統となっていくのだと思います。
 自由に自分の思いを表現できる場は天国的な場です。行き違っても修復できる場です。ともに教会を考え、信仰にたって、自らの中にある教会を育て、見える教会としての東京新教会を安全・平和な場とできる時に、私たちは主の働きをより一層はっきり自覚できると思います。

2010年10月10日(日)牧師 國枝欣一

 私たちが苦しんだり悩んだりしている時、個人的にはそれからいつも解放されたいと願っているのですが、実はその苦しんだり悩んでいることがその人の情愛(愛の傾向)を示しているということになかなか気づけません。その原因は私たちは自分という存在をこの肉体を持っている私を「私」と勘違いしてしまうことから始まっています。
 この肉体を脳を通して動かしているものが「私」なのだということに気づく必要があることをスウェーデンボルグは繰り返し述べています。それを霊といいます。ですから「私」という存在は霊であって肉体ではありません。その霊をしっかりと把握するためには自分の意識というものに精通することです。そこには地獄的な私も居ますしまた天国的な私も居ます。
 苦しんだり悩んだりしている私は地獄の中に居る私です。それを認めて、まったく自分がするようにそこから動いて離れる時に主の流入が働きます。主はいつも私たちを招いてくださっています。それが私の意識と主の意識が結びつくときであり、それを確認する場が礼拝です。

2010年10月3日(日)牧師 國枝欣一

 私たちを苦しめるものは何かと考えてみました。
 経済的問題、健康への不安、職場や家族との人間関係、将来への希望への不安といろいろありますが、考えてみるとそれらはみな自分の愛の傾向(情愛)の形にあるように思います。情愛とは、他の言い方を選んでみると、それは今私という存在が最もエネルギーと時間をかけているもの(こと)であるように思います。
 苦しんでいる、悩んでいるということは、その人がそれを大切だと思い、時間とエネルギーをかけるものです。ということは、事態とか事実がその人を苦しめているのではなく、その人の意識がその人を苦しめていることになります。その人の意識とはその人の霊ということです。その霊がどこに居てどのような霊と付き合っているかということです。
 とすると私たちにとって重要なことは、苦しめている自分の意識を手放し、よい事を見、楽しい事に自分を入れることによって、天界的な意識を招き入れることになります。
するとそこに主が働いてくださるということが分かって腑に落ちたように感じました。

2010年9月26日(日)牧師 國枝欣一

  12日の礼拝は和田嘉浩さんと明咲子さんが奏楽を担ってくださいました。当日は礼拝出席常連の方たちはもちろん久しぶりに来てくださった方、初めて来てくださった方などが礼拝を共にしてくださり、いつもと違った形で主の臨在を感じられる礼拝でした。みんなが繫がり、心を開いて交わりが出来ているように感じました。
 その形は礼拝後のお茶の時間とその後の各自の昼食にも現れていたように感じます。老若男女、年齢、性別、信仰歴を越えて、主にあって共に尊重しあい興味を持ち合い相手の話に耳を傾ける姿勢に現れていたように思います。
主は和田夫妻を教会音楽へ、栄さん、鈴木さん、瀧村さんを礼拝へと招いてくださっています。迎える私たちが主の思いと願いを十分に知って、そこに従うことが出来るようになりたいと思います。
 主がどこにでも居られ、同時に一人一人の中にも存在することを改めて感じさせられます。この感覚を皆さんと共有しながら天国の建設のために共に働きましょう。

2010年9月19日(日)牧師 國枝欣一

 環境破壊や生活の変化の中でいろいろな種類の生物が絶滅している現状がニュースで伝えられることがたびたびあります。どこがどう違っているのか詳しくは知りませんが、藤沢市内で生息していた「藤沢メダカ」絶滅したと見られていましたが、個人の池で自然繁殖していたのが発見され、小学校や多くのボランティアのおかげで復活しつつあるとの新聞報道に接しました。都内でも似たようなことが報道されました。
 生物の多様化ということが言われてもう10年以上がたちますが、世界各地で環境を整える試みがなされています。それらの事業は20年30年かからないと目に見えてこない事業ですが、地道な努力が重ねられているようです。佐渡のトキに関する報道も時々目にしますが、トキが自然繁殖するために多くの人々が環境を整えるべく働いています。それはお役所の仕事だけではなく私たち一般住民の意識改革と協力が欠かせません。
 創世記には天地創造の物語が描かれています。「神はすべてを善しとされた」ものを、私たちが便利さ快適さを追求することで環境破壊に加担していることに気づかされます。ここに私達が罪から自由になれない現実を感じます。

2010年9月12日(日)牧師 國枝欣一

 私たちは皆心に傷を負いながら大人になってきました。親や養育者、あるいは学校の先生、友人から傷を受けて来ました。彼らは私たちが被造物として完全でないのと同じように不完全ですから、私達が傷つけられても仕方がありません。そして過去を変えることは出来ません。
 しかしよく考えてみると、過去の事実が私を傷つけているのではなく、私の記憶が私を苦しめていることに気づきます。私の記憶というものは過去の事実とは違います。記憶は私が覚えて置けるように脳が編集し記録されたものです。その記憶という私の意識によって私たちは傷つき、苦しめられているのです。従って親だとか教師だとかかっての友達が私を苦しめているわけではないのです。
 編集し記録されたものは、映画やDVDと同じように再編集することが可能です。また自分の過去の記憶と言う意識をよく点検することによって新たな発見が可能となり、そこに新しい解釈が成り立つことがしばしばあります。この新しい解釈が与えられることによって、私たちは癒され、過去の記憶と和解が可能となります。
 このあらたなる解釈や発見は突然やってきます。真理が啓示されるのです。神がそこに働くのです。癒しも、和解も主なる神の働きです。自分の解釈と言う立ち位置を手放すことで神が働きやすくなるのです。

2010年9月5日(日)牧師 國枝欣一

 二ヶ月ほど前に「フォースかパワーか」(デビッド・ホーキンス著)と言う本を図書館で借り、これは持って置いた方が良い本と言うことで一月ほど前に買いました。著者は精神科医、セラピスト、講演家といわれていますが、私にとってはスウェーデンボルグがもし今日生きていたらこんなことを書いただろうと思えるような内容です。「わたし」と言う著作も同様です。
 彼は、キリスト教徒である私たちが「神」という存在を現代の用語で述べています。彼はそれを「自我」と呼び、私たちが持っている自我と区別しています。そして私たちは誰かや何かによって悩まされるのではなく、自分の意識が自分を苦しめていると説きます。ですから私たちを苦しめている悩みや苦しみは自分の内部にあり、外部にはないというわけです。私自身自分を振り返って見るとまさにその通りだと感じました。
 「パワー」とはスウェーデンボルグ用語で言えば隣人愛や主への愛といってよいと思います。また「フォース」は自己愛や世間愛から出てくる力です。これをさまざまな社会事象に当てはめて解説しているのですが、とても納得がいくように書かれています。新教会の形はこんな形になって社会のさまざまなところに起こってくるのだろうなと思います。
 新教会を標榜している私たちはここから学ぶことがたくさんあるように思います。AAと言われる断酒会の活動とその根幹を成す12ステップが繰り返し取り上げられていますが、この1条1条が新教会をイメージさせるものを含んでいます。私たちの新教会を振り返る良いテキストだと思いました。

2010年8月29日(日)牧師 國枝欣一

 100歳以上のお年よりが全国で280人ほど所在がつかめないと言う発表が新聞に載っていました。こうした人々の子供たちは戦争末期に生まれた人々でしょう。現在80歳から60歳代が彼らの子供たちだと推測できます。世界一の長寿国であり、世界第2位の経済大国といわれてきたわが国の影の部分がここに現わされているように感じます。
 戦前、戦中は修身という道徳教育が徹底していたと言うのが教育の歴史ですが、100歳以上のお年寄りの方々は道徳教育の中で育った人々です。そして敗戦時この人々は30代40代の働き盛りの人々でした。と言うことは道徳教育を生きた人々といってよいと思います。
どんな家族にも問題はあります。ですからその家庭での問題がこのような形で社会問題化したとも言えるでしょう。兄弟や親子であっても何十年もかかわりを持たないまま来てしまったと言う事もあると思いますが、私はここに日本が敗戦を終戦と言い、戦後処理をきちんと責任的にしてこなかった日本の政治のあり方が、こうした事態を生んでいるように思います。
 余りにも論理が飛躍していると感じられる人も居るかもしれませんが、政治は大人が運営するもので、その施策は大人の考え方一般が反映されたり、あるいは世論を作っていくものです。世界でユニークな日本文化は世界でかなり受け入れられてきているものの、無批判にグローバリズムを受け入れてきた戦後経済の発展の闇の部分では人心が荒廃して来ていることを知らせてくれる新聞報道であったように感じます。今さらに深く「神の愛と知恵」を受け入れ、自分の信仰をより強化することが必要とあらためて感じます。

2010年8月22日(日)牧師 國枝欣一

 今日は太平洋戦争敗戦記念日です。12日に植松さんと二人で教会の古い写真の整理に取り掛かりました。戦前の西大久保の教会は空襲で焼け、戦前の写真は1枚もありませんでしたが、戦後狛江の会員の方から自宅を開放していただき教会学校と礼拝を守ったこと、その後、経堂3丁目の土居家の自宅で礼拝が持たれたことを知りました。沖山さんの婚約式の写真は経堂3丁目での写真でしたが、その時のテーブルはリンゴ箱の上に和服の洗い張りをする板に白い布をかぶせたものでした。
 また私の存じ上げない熱心な会員の方がご近所の人々を連れてこられ、そのお一人に野田先生が絵をたくさん描いていただいた松浦さんがいたのだと言うことを知りました。松浦さんご夫婦の写真もあり、かって遠藤淑子さんに連れられて奥様を訪問したことを思い出しました。会堂が出来立てでまだステンドグラスの入っていない写真もありました。青年会や花の日の教会学校の写真もありました。
 高田悠さんの青年時代、照子さん、淑子さん、睦子さんの3姉妹をはじめ多くの先達の方々の働きがあって今日の東京新教会があることを改めて強く思わされました。ご自宅にある古い写真を教会に寄付いただけると幸いです。昔のことがだんだん分からなくなってきています。早いうちに記録にとどめておきたいと思います。敗戦は日本の新たなるスタートでしたが、同時にそれは東京新教会の新たなる出発の時でもあったと強く感じさせられます。

2010年8月15日(日)牧師 國枝欣一

 「歴史上1番長かった梅雨は何時だったか」というトンチのような質問があります。その答は今である「今年の梅雨」です。なぜかと言うと何でもその最中は一体これが何時終わるのか分からず永遠に続きそうな気もするからです。しかし歴史上梅雨の明けなかった夏はありません。例年より1週間長い、10日長いと言うことはあっても、梅雨にはいつも終わりがあります。
 信仰生活を送る過程で私たちはしばしば試練に出会います。家族の病気や介護、経済上の問題、仕事の中での困難、人間関係、老後の不安など、その試練の数は限りなくあります。スウェーデンボルグは試練の後に平安が訪れるとその著作の中で繰り返し述べています。人は試練の中にあるとき悶々とし、苦しみます。この苦しさは何時終わるのだろうかと不安になります。
 しかし「梅雨」のように「試練」もまた必ず終わりがあります。これが解かっていると試練そのものから来る辛さや、苦しさ、不安の強度は変わらなくても、試練の最中にある私はそれを耐え安くなるということがあります。その上更に、この試練が霊的成長のために不可欠であると私たちは教えられています。「主よ、お助けください。」と祈るとき私たちは孤独にはなりません。なぜならばそこに主が居てくださることを感じられるからです。主の臨在を実感できるとき、私たちの中には新教会、信仰が成長します。ありがたいことです。

2010年7月18日(日)牧師 國枝欣一

 私たちには「意識」があるから自分と言う存在を理解できます。しかしその「意識」とは何でしょうか。「意識」については余りにも当たり前なので人はそれを問うことをしてきませんでした。意識があるないは心臓が動いている、自発呼吸がある、瞳孔の反応があるという生体反応の上に応答ができると言うことが医学上の判定基準です。しかしこうしたことが自分という存在は肉体であると言う錯覚を生み出します。そこから肉体の死への恐怖が生まれてきますし、その「意識」が危機に瀕することで病気が起こってきます。「意識」はいわば私と言う存在を動かすモーターのようなものと言ってよいでしょう。しかし現代の医学ではその所在は突き止められていません。
 この「意識」は霊と言っても良いと思います。この「意識」が病んでいると、それは性格のゆがみと言う形で行為に現れたり、病気と言う形で肉体に現れます。またこの「意識」は自分とはこういうものという自我を育てます。となると自分の中にある怒りとか恨みとか嫉妬とか言う感情は自分の意識したものに対する感情となります。そうなると周りは関係ありません。もっぱら自分の意識の問題です。こう考えてゆくと「すべて良き事は神から、悪しきことは人間から」というスウェーデンボルグの言葉が生き生きと現実味を持って迫ってきます。

2010年7月11日(日)牧師 國枝欣一

 ねっとりと肌にまつわりつくような空気、汗がじっとりと浮き出して来るような蒸し暑さ。梅雨そのものです。そんな日々が続いています。確かに不快ではありますが、しかし懐かしさも感じています。60年ほど前には「雷が来ると梅雨が明ける」と言われていました。
 今ではお構いなしに雷はなりますし、局地的豪雨と言う大雨が降ります。その上竜巻の発生が伝えられることもあります。20年前ボストンに行ったとき、竜巻に対する避難訓練があって、「へぇ~、これがアメリカだ。」なんて思いましたが、日本にも必要になってきているのかなと思います。困った世界標準です。グローバル化です。
 60年前、家庭には冷蔵庫も洗濯機もありませんでした。トマトやスイカなどは井戸で冷やして食べました。母は井戸端で木製のたらいと洗濯板でしゃがんで洗濯し、8竿、9竿 と洗濯物を干していました。高い柱2本の間に、竹製の竿を渡して洗濯物を干す風景も見られなくなって久しいです。井戸端会議もなくなりました。その周りで遊ぶ子供たちの歓声もなくなりました。
 梅雨の合間の強い太陽の日差し、肌にまとわり付くような空気に、懐かしさを感じさせられるのは私だけでしょうか。エアコンの効く部屋に居て、脱水機の中から出す洗濯物を見て、もうすぐ来る夏を思いながら、60年前を思い出せる自分の存在に驚いても居る今日この頃です。

2010年7月4日(日)牧師 國枝欣一

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